新潟 妙高 ペンション ボンク  パパの独り言

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3月25日(月)・邦が来た・
兄貴の長男邦彦が一人で舞鶴から電車に乗ってやってきた。本人はもちろん、兄貴・僕、そしてジジ&ババみんなで心配していたが駅に迎えに行くときちんと来たのでホッとする。大きな鞄をもちにこにこと現れた。邦が来て一番喜んでいるのは、やはり風太君。何日も前から「何時来る、後何回寝たらいる」と毎日聞いていた。彼(邦)は、お正月にボンクの仕事を手伝ってから、すごく春休みにボンクでまた働くのを楽しみにしていたようである。仕事を手伝い、そして滑りに行き、夕方風太と遊び、親がいないことをいいことに、自分で梅ジンジャー(カクテル)を作って飲み、チームボンクの仲間入りをした12歳。
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3月12日(火)・規約・
天気のいい日が続き春スキーのようです。この頃に現れるのが雄介君(高校3年生)。雄介君は1年生の時からお正月と春休みにボンクを手伝いに来てくれます。なんでボンクに来るの?とある時聞いてみると「高校生だとどこも断られて、ボンクしか使ってもらえない」と言う答え方。正直でよろしいと皆で笑った。
雄介君はまだチームボンク準会員(高校生のため)ですが、ポチ君・剛君とため口を利き、悦をからかい、僕のことを「この人ばかじゃないですか」と皆の前で言う、素敵な高校生(春からは、大学生になる)。
祐介は、いつも彼女が欲しいと言っていたのだが、彼女はできずいつもボンクでばかにされていました。
今日祐介に春休みはいつ来るのかと電話すると、「彼女ができた」と言うので、嘘つくんじゃねえと言うと、今デート中と言う。そしたら彼女を電話にだせといってみると、彼女に代わり信じるしかなく、ウーン これは面白くない、今度来たらいじめるしかないということにボンクでなった。
大学生にはなったが、雄介君はチームボンクには入れたげないのである。

チームボンク 暗黙の了解の規約
1.できれば彼女はいないほうがいい(いつも遊んでくれるから)
2.彼女といちゃついてはいけない(けんかしているほうが、皆楽しく笑えるから)
3.彼女のためチームボンクの遊びを犠牲にしてはいけない(さみしいから)
4.別れた時は皆に言うこと(宴会の話題にし、皆で大笑いにしばかにするため)

チームボンクのリーダー(僕)としては、彼女がいない奴が好きで、好きな子に告り沈没した奴はもっと好き(笑わすから)。
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3月1日(金)・旅立ち・
今日ポチ君が、ボンクを出て行きました。
「6年前ボンクを始めた時から手伝ってくれていました。まだその時は、大学4年生。卒業し1年半位会社員をしていましたが、辞めてボンクで一緒に暮らすことになり、今にいたるわけだけれど。ボンクに来て大学時代もやっていた陸上を続け、雨の日も雪の日も時間をつくり走っていました。青森から東京まで走る駅伝の新潟代表にもなったし、最後は自分の目標でもあった琵琶湖マラソンにでて完走しました。走っていただけではなく、ボンクを常に助けていてくれました。シーズンオフには一緒に営業に行き、シーズン中は他のバイト君達をに仕事を教えふる活動。私生活でも僕らと一緒に旅行に行ったり、釣りに行ったりいつもいました。妻の悦からしてみれば、僕のいないときのボディーガードであり、悩みを打ち明けれる友達でありました。風太君は、生まれた時には、ポチ君がいたのでどう思っているのでしょうか・・・お風呂は最近誰とでも入るが、一緒に寝るのはポチ君くらいでしょう。長い間ボンクを助けてくれ本当にありがとう、そしてお疲れ様でした」

ポチ君の今日は、旅立ち。4月か5月には結婚して、金沢のほうで暮らし始めます。僕とは違う仕事を始めます。まだ正式には決まっていませんが、2人でやろうとしています。
前に僕が海の方の店を出そうとしたけれど、できなくてポチ君がしょぼんでいた時、「自分でやる気もだせよ」と僕が言った時からのポチ君の成長は、すごかったと思う。焦らず急がず、ボンクでやっていたように正直に生きてほしい。僕からするとポチ君は、友達であり
弟であり、そして商売の先輩。友達として旅立ちを喜び、兄として心配し、先輩として大変だろうなと思っているが、やっぱり寂しいかな・・・

「でもまた遊ぼうじゃないか、飲もうじゃないか!」と別れたが、4月には金沢に行っているチームボンクが目に浮かぶ・・・

PS
ポチ君が帰った後買い物に行き、帰りに風太が「お子様ランチが食べたい」と言うので、ガストへと。悦の目は真っ赤になってるし僕も少し変、そして風太はしゃべりまくり。お店の人、隣のテーブルの人はどう僕たちをみていたのでしょうか?
2002 スタッフ
ポチ君&風太
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